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萩原健一が逮捕や結婚を繰り返すのはなぜなのか?芸能界は罪を犯した後でも

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萩原健一は過去に逮捕を繰り返し

反省はあったのか?

結婚や離婚も繰り返す人生で

芸能界には復帰できる不思議

萩原健一はなぜ逮捕されたか?

萩原健一さんといえば俳優というイメージや

歌手というイメージの方も多いと思いますが

逮捕という悪い印象をもってしまいます

 

なぜ逮捕されたのか?

過去にさかのぼりますが、

1度目の逮捕

1983年に大麻不法所持で

逮捕されています。芸能界に多い薬での逮捕ですね

その後1年間の芸能生活の活動停止を余儀なくされました

 

2度目の逮捕

2004年に交通事故を起こして業務上過失致傷罪で

現行犯逮捕されています

 

3度目の逮捕

主演映画「透光の樹」のスタッフや監督そして共演者などに

暴言や暴行を繰り返し途中降板になった後

出演料支払いを要求し実在する○○団などの名を挙げ

恐喝未遂容疑で告訴されて逮捕されています

2005年に懲役1年6カ月執行猶予3年の有罪判決が

下りました

 

お騒がせな人物として名高いですが、このような逮捕を

繰り返してきた後もなお芸能界に復帰をして

仕事をしているという現状があります

 

もちろん逮捕後は少しの停止期間はあるものの業界自体には

必ず復帰をしているんですよね

 

もしこれが一般の会社で普通に働いているサラリーマン

だったとしたら、ましてや免許を所持しているような医者や

教師といった立場の人間だったら・・・・

おそらく同じ立場での復帰は2度とできなでしょうね

 

なぜ?復帰をできるのか考えると芸能界というのは特殊な

才能を持っている人の集まりであることは確かです

他では代わりが効かない存在とでもいうんでしょうか

結局は視聴者である私たちが唯一無二の存在である芸能人を

求めているのかもしれません

 

敢えてここでは名前は出しませんがミュージシャンなども

数々薬物におぼれ逮捕された後に現役復帰をしています

 

もちろん悪いことをした人間が2度と陽の目を見ることができない

社会にしてしまえとは思いませんが、なんだかもやもやした

気持ちが残るのは確かですね

真面目に生きていた人間が馬鹿をみる社会だけには

しないようにしないと思う今日この頃です

逮捕されるようなことをした後にまつのは

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萩原健一の結婚や離婚の歴史

萩原健一さんは何度も結婚と

離婚をされています

現在はどのような嫁と状況なのでしょうか

 

1975年にモデルの小泉一十三さんと結婚

女児が生まれましたが、3年後に離婚しています

 

1980年に女優のいしだあゆみさんと結婚

しかし1984年に離婚をしています

萩原さんは実は事実婚状態だったので

未入籍だったと告白したんですが

その後の週刊誌で嘘だったと報じられています

 

2011年にモデルの冨田リカさんと結婚

お相手の冨田リカさんも3度目の結婚です

今回のお相手は12歳もしたの方です

 

萩原健一さんは何事も何度も繰りかえすという感じなんでしょうか

しかし、お相手はどなたも美人な女優さんやモデルさんなどで

本当にモテるんだなというんでしょうか

 

実際に中学生ぐらいのときにも悪い先輩などが

好きだった経験がある人は多いはずです

そのように悪い男にどこか惹かれるみたいな感覚が

女性の中にあるのかなと思います

 

女性は本能で強い遺伝子を残すとうことを目的と

しているというデータがあります

ということは萩原健一さんにはそういった強さや遺伝的に

残したいと思わせるような魅力があるんだと思います

 

しかし何度も離婚をしているということは

結局は結婚生活において、ずっと一緒にいたいと思えるぐらいの

強い思いは続かない状態なのでしょうね

 

今回の結婚は年齢的にも最後かもしれませんし

お相手の方も3度目ということなので離婚はないのかなと

思いますが・・・・

萩原健一さんが生まれた1959年7月26日に何があった?

萩原健一さんが生まれた1950年7月26日ですが

7月2日に日本の財産でもある金閣寺放火事件がありました

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7月2日の未明に鹿苑寺から出荷の通報があったようですが

舎利殿から猛烈な炎がたっていて手の着けようが

なかったようです

 

普段火の気がない上に寝具が身近に置かれていたので

不審火として捜索され、直後に同寺子弟の見習い僧侶

の大学生が逮捕されています

行方不明になっていたところ裏山で薬物を飲んで

切腹して発見されたんです(一命はとりとめました)

 

放火の理由として本人は、病弱であり実家の母親から

過度な期待が寄せられていることを言ったそうですが

その後服役中に統合失調症であることが明らかになったんです

 

事件後すぐに母親は事情聴取で呼び出されましたが

(僧侶であった父親は他界してます)

事件の衝撃から帰途のときに保津峡に飛び込んで

亡くなられています

 

本人も懲役7年を言い渡されましたが

服役中に結核と統合失調症が進行して1956年3月に

亡くなっています

 

なんとも痛ましい事件ですね

親との関係や病気での恨みや苦しみを向ける場所を

間違えたばっかりに日本の財産も失うことになりましたし

家族までがすべて終わってしまいました

 

この事件は衝撃的すぎて社会に与えた影響も多大だったようで

小説家の三島由紀夫さんや水上勉さんといった

方々が事件を題材に小説を書いています


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